実験医学 2009年3月号 Vol.27 No.4 小胞体ストレスと疾患
概要
細胞内外のタンパク質の恒常性を司るメカニズム「小胞体ストレス応答」は,多様な疾患の治療標的として注目を浴びています.その精妙なバランスからなる分子機構を,海外発の最新知見を交えてご紹介いただきます.
目次
Protein Homeostasisを解明する
小胞体ストレスと疾患
糖尿病・肥満・骨代謝・癌・神経変性との関わり
企画/浦野文彦
■サマリーを表示する
概論―小胞体におけるタンパク質の恒常性【浦野文彦/David Ron】
細胞が有するタンパク質分泌機能を正常に保つためには,分泌されたタンパク質が正常に折りたたまれることと,異常な折りたたみ構造となってしまったタンパク質を除去・分解する機構が必要である.これら2つの作業はともに小胞体内で行われるが,そこにはタンパク質の恒常性を維持するための調節機構(細胞内情報伝達経路)が存在する.異常な折りたたみ構造のタンパク質が小胞体内に蓄積することを小胞体ストレス(ER stress)とよぶが,タンパク質の恒常性を維持する調節機構は小胞体ストレスに対する細胞の生理応答と考えられる.この調節機構の活性化は小胞体内の異常な折りたたみ構造の(もしくは,折りたたまれていない)タンパク質の量に比例するため,この反応は小胞体ストレス応答(unfolded protein response:UPR)と称されている.UPRは正確な量の分泌タンパク質の生成に必須であり,また,細胞内外のタンパク質の恒常性を維持する点においても重要な働きを担っている.そのため,細胞が小胞体ストレスに晒されたとしても,UPRが正常に機能していれば,細胞は小胞体ストレスによる障害を回避することができる.しかし,UPRが機能せず,アポトーシスにかかわる因子が活性化してしまった場合には,細胞は不可逆な障害をうけて死に至ることになる.今回の特集では,小胞体ストレス研究の第一線で活躍しているエキスパートの諸先生方に,小胞体ストレスと疾患の関係についての最近の知見をまとめていただいた.
膵臓ランゲルハンス島における小胞体ストレスシグナルと糖尿病の関連性 【Feroz R.Papa】
インスリンを生成する膵臓ランゲルハンス島(膵島)のβ細胞では,タンパク質の分泌が盛んであるため,この細胞におけるUPRのシステムは正常な機能の維持と細胞の生存に非常に重要である.近年,UPRシステムが欠如した実験動物モデルが開発され,糖尿病の病態生理学に関する分子レベルおよび細胞レベルにおける非常に興味深い知見が報告されてきている.これらの実験動物の膵β細胞では重篤な小胞体ストレスが生じており,UPRシステムが「恒常性維持」の方向性から「アポトーシス促進」の方向性に移っていた.もし,小胞体ストレスおよびUPRシステムが,世界中で流行している2型糖尿病の発症と関係しているのであれば,UPRシステムは治療薬の新しいターゲットとなりうる.そのため本稿では,UPRの「恒常性維持」と「アポトーシス促進」の切り替えに関与する分子が,どのようにして小胞体ストレスが関係する疾患の治療薬のターゲットとなりうるかについて論じていく.
肥満,小胞体ストレス,そして代謝性疾患【中村能久/Gokhan S.Hotamisligil】
今や誰もが耳にしたことのあるメタボリックシンドローム.その病因として真っ先に肥満が挙げられる.それでは,どうして肥満がメタボリックシンドロームを誘発するのであろうか?世界の多くの地域で肥満人口の増加が深刻化しているなかで,肥満がひき起こすさまざまな負の作用が分子レベルで少しずつ解き明かされている.小胞体(ER)は,タンパク質の合成,分泌・膜タンパク質の修飾などを担うオルガネラであるが,肥満により誘発される小胞体ストレスがメタボリックシンドロームの発症と密接に関係しているようである.今回,小胞体ストレスとインスリン抵抗性,Ⅱ型糖尿病といった代謝性疾患の関係について,最近の知見をご紹介したい.
骨代謝のダイナミクスにおける小胞体ストレス応答の役割【今泉和則/村上智彦】
間葉系幹細胞が骨基質を合成・分泌する成熟骨芽細胞へと分化するためには,骨系分化のコミットにかかわるいくつかの転写因子の他に,大量合成されたタンパク質を品質管理しスムーズに細胞外に分泌するマシーナリーの構成が必要である.後者のシステム作りのために小胞体ストレス応答系が関与し骨組織の形成にあずかることがわかってきた.一方で骨基質成分(主にI型コラーゲン)の変異による小胞体機能異常や,小胞体ストレス応答関連遺伝子の欠損あるいは変異が重篤な骨形成不全を招くことも明らかになり,骨代謝のダイナミクスを小胞体機能からとらえる研究が芽生えはじめている.
癌におけるUPRの役割~問題と治療法の可能性【Constantinos Koumenis/Albert C.Koong】
腫瘍内微小環境が腫瘍の進行と治療への反応に決定的に重要な役割を果たしていることは,多くの実験的あるいは臨床的知見から支持されるところである.十分に立証された例は,低酸素状態による,より悪性で化学/放射線療法に抵抗性のある表現型への進行である.それゆえ,腫瘍内微小環境の構成要素が治療への反応に負の影響を及ぼすメカニズムを細胞レベル,分子レベルで明らかにすることは,よりよい治療法を考案するために重要である.小胞体ストレス反応(UPR)は,小胞体に変性タンパク質が蓄積することによってひき起こされる細胞の協調的な適応機構であり,一過性の小胞体ストレスのもとではUPRは細胞の生存を促進する.UPRは低酸素状態,低グルコース状態,あるいは発癌性形質転換の状態において活性化され,細胞毒性のある薬物に対する抵抗性の原因となっていることが示されている.in vitroおよびin vivoの研究から,UPR経路を構成する2つの重要な分子が変異あるいは不活化された癌細胞では,in vitroでの低酸素に対する耐性が低くなっており,UPRが正常な細胞に比べて増殖の遅い腫瘍を形成することが示されている.これらの知見はUPRの活性化が腫瘍の進行に寄与していることを示唆している.また,先行研究によりわれわれは,UPRの活性と低分子化合物によるUPR活性の阻害を測定するための,細胞ベースおよび動物ベースのレポーターアッセイも開発した.
神経変性疾患の発症にかかわる小胞体ストレスのメカニズム【石垣診祐】
小胞体ストレスは小胞体内で異常タンパク質が蓄積したりカルシウム恒常性が変化したりすることにより,小胞体の機能が障害される状態をいう.現在までに多くの神経変性疾患で小胞体ストレスシグナルが活性化されていることが報告されている.多くの神経変性疾患の原因である異常タンパク質の蓄積は小胞体のもつ機能をさまざまな面から障害し,結果として小胞体ストレスを負荷することがわかりつつある.
学会報告
BMB2008開催報告
協賛企業記事【アプライドバイオシステムズ ジャパン株式会社/株式会社セラバリューズ】
トピックス
カレントトピックス
クロマチンリモデリング因子CHD8によるp53機能のエピジェネティック制御機構【西山正章/中山敬一】
スキャフォールド分子PAKによるAktの選択的機能制御【樋口麻衣子/大西啓介/後藤由季子】
転写調節因子Hmga2は神経幹細胞の自己複製を若齢期特異的に促進する【西野仁輔】
神経芽腫におけるALK遺伝子変異【小川誠司】
News & Hot Paper Digest
ミトコンドリアが小胞体と並んでいるわけは?
ノンコーディングRNAによる出芽酵母遺伝子の新規発現制御機構
Parkinによるミトコンドリアの品質管理機構
血漿タンパク質分析用集積型バーコードチップの開発
FASgen社とCentocor社,研究契約を締結
連載
クローズアップ実験法 Overview
Chum-RNA増幅法による1個のヒト細胞を対象としたcDNAライブラリーの作成法【野島 博/東岸任弘】
研究の始め方・進め方・まとめ方
第2回 研究を進める<前編>【山口雄輝】
疾患解明 Overview
遺伝性腎性尿崩症【蘇原映誠/佐々木 成】
モデル生物の歴史と展望
第3回 線虫C.エレガンス~7年間で6人とともにノーベル賞を受賞【香川弘昭】
ラボレポート-独立編-
“Change”するアメリカの研究者たち~カンザスシティーからの独り言~ ―University of Missouri-Kansas City【植木靖好】
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